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北極超えの黄金ルート

車は道のある所しか走れない。船は水のある所しか泳げない…。飛行機の最大の利点は2つの地点の最短距離を跨ぐように結ぶ事ができる点と、その速度が他の乗り物よりも格段に早いという点がある。現在、最大限にその長所を生かしてアジア〜ヨーロッパ間、アメリカ〜ヨーロッパ間を結んでいるのが北極を通過するルートである。1926年5月9日アメリカのリチャード・バード中佐とフロイド・ベネット操縦士はフォッカーF7-3m単葉3発機「ジョセフィン・フォード」号により、ノルウェーのスピッツベルゲン基地を出発し飛行機で初めて北極点上空にを通過して、15時間51分後に帰還した。
1920年代後半から1930年代にかけて、空路開拓飛行も冒険的なものから、実用的な定期航空路線の開拓の方向へと進展していて、飛行機の航続性能もより高いものが求められるようになってきて、各国も国をあげて単発長距離機を開発して、長距離世界記録に挑戦した。その結果、1928年から1939年にかけて、12年間で17の世界記録が誕生するくらい、競争も激しく、各国の意気込みも相当なものだった。日本も1938年5月に航研機により11,651kmの周回距離世界記録(日本唯一の世界記録)を樹立した。
ソ連のツポレフが設計したANT-25長距離機は、1933年6月22日に初飛行した機体で、縦横比13.1という極めて細長い翼を持ち、主翼はジュラルミンの波板を貼り、更に羽布を貼ってピカピカに磨くという、摩擦抵抗削減の為にこだわり抜いた思想の機体であった。主翼は日本の航研機と同じく真紅に塗られてあって、偶然にも不時着の時に発見しやすいようにとの発想からであった。1937年6月18日、ソ連の飛行家ヴァレリ・チカロフを機長とし、副操縦士バイドゥコフ、航空士ベリヤコフが乗ったANT-25「スターリン航空路」号は8,000リットルの燃料を満載してモスクワ飛行場を離陸した。北極圏では磁気コンパスは効かなくなるので、太陽コンパス、天測窓、短波無線装置、900ワットのダイナモ、酸素吸入装置、排気を利用したキャビン暖房設備、電熱式救命胴衣、コムボート等、当時の飛行機としては十分な設備を完備していた。途中、悪天候などに苦しみながらも飛行を続け、北極圏を突破して、6月20日にアメリカ・ワシントン州のヴァンクーヴァー軍用飛行場に着陸した。飛行距離8,508km、時間は63時間16分で、着陸後の燃料タンクには40リットル(飛行時間にして約15分ぶん)の燃料しか残っていなかった。

ANT-25型長距離機

航研機
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